動悸と沈黙 (2019)

死の前年、金子遊のインタビューに答えた岩佐寿弥の談話は、今回上映される諸作品の成り立ちについても平明に語っており、大変貴重なものだが、とりわけ印象的な二つの挿話がそこに含まれていた。時を隔てたそれらの別個な逸話は等しく、眼前の他者との対話が不意にもたらす、ある生なましい動悸の高まりについて語っている。


それ〔『日本春歌考』のこと〕を見て僕は彼女の存在感にうたれ、彼女を対象に映画を撮りたくなったのです。僕は黒木和雄さんを捕まえて、吉田日出子のことは一言もいわずに二時間くらい『ねじ式映画』の構想について喋りました。そして、僕の話を聞き終えたとき、驚いたことに黒木さんは、「それは吉田日出子がいいんじゃないか」といったのです。僕はドキリとして、黒木さんがそういうなら僕のやろうとしていることは間違っていないと確信したんです1


話というのは、その男〔議員秘書時代に岩佐が知り合ったS氏のこと〕が一九四四(昭和一九)年に一九歳で召集を受けて、陸軍のなかで一年間、彼が緻密に計画した叛軍行動のことでした。それを深い陰影のある言葉でしゃべり続けました。(中略)ところが、二度三度とその人の話を聞いているうちに、「この人、妄想狂ではないか」と思うようになりました。つまり、男が嘘をいっているのではないかと思ったのです。そのときに僕はもの凄くドキリとしました2


一定の距離を置いて接していたはずの相手が、いつしか自分の心中にそっくり重なり合うように立っているのを見出す驚きが前者の「ドキリ」だとすれば、後者の「ドキリ」とは、同じく一定の距離を挟んで相対していた相手が、何気ない瞬間に急速に目の前から遠ざかり、みるみる不分明な存在になりかわっていく、いたって不気味な感触である。前者の「ドキリ」と同様に、後者の「ドキリ」も岩佐を映画制作へと衝き動かすことになるが、ただしそれには十数年の時間を要した。


小西誠三曹による「叛軍」事件が起きたとき、実際の行動に先立つ小西の長い「逡巡」と「想像」の過程を直覚した岩佐は、俳優を媒介にして、この事件をS氏の話に連絡させるアイデアを思いついたという3

《叛軍 No.4》以前、シネトラクトとしての体裁に一応おさまっているかに見える《叛軍 No.1》から《叛軍 No.3》の連作がすでに、S氏が語った物語の「深い陰影」のもとにつくられていた側面は確認しておくべきだろう。

《叛軍 No.1》の最後に映し出される、街頭に立ち署名を募る小西の姿は、連帯を求めて行動する人間の時間を孤立の相において不自然なほど引き伸ばしており、また《叛軍 No.3》の終末、レーダー基地での夜間勤務の間に印刷物を準備して隊に配布しようと決意する独白は、その「逡巡」と「想像」の孤独で危機的なありようによって、《叛軍 No.4》における山田二等兵のそれに連続している。

それらの連作を経て、岩佐が《叛軍 No.4》で試みたのは、まるで「妄想狂」の戯言のように感じられながら、しかし虚実未決定のまま持ち堪えているS氏の語りを、和田周という俳優の演技的身体によって変換し、代行=上演することだった。そのときこの不敵な表象行為は、S氏とその「叛軍行動」に向けられた痛烈な批評となるだろう。


「その男」の存在は《叛軍 No.4》のなかで一切明かされていない(そもそも岩佐がS氏について公言したのはいつからなのだろう?)。しかし彼がそこにいた痕跡は、ただサウンドトラックにのみ、誰と名指されることのないまま残されている。「冒頭の皇居前広場のシーンで入るオフ・ヴォイスもS氏の声です。映画の真ん中あたり、東大の階段教室で和田がレインコートを着て立っているショット、そのときもS氏のものです。そして最後に本人の声が出てきます。全部で三カ所だと思います」4

それらの声を岩佐は、和田と最首悟同席のもと、S氏に「叛軍行動」の話を聞かせて欲しいと頼んで録音したと述べているが、それは過去を語る氏の肉声をただ単純に収録したものではない。たとえばラストの、『男Aに扮することをやめる…』という耳に残るナレーションは、「S氏に僕と和田が書いたものを読んでもら」5ったものである。計算された間合いと抑制の効いたトーンの、入念な演出を施されたと思われる声だが、このときの録音作業を岩佐はこう振り返っている。


S氏は「わかったよ」と、こちらの要求に疑問も示さずやってくれる人でした。そうしてこちらがやっていることを黙って見ていました。僕たちが何をやっているか理解していないわけではなく、だからといって全部わかっていたかどうか、それもわかりません6


「こちらの要求」とは、おそらくテクストの指定とその朗読法の指導にとどまらない。それはこの映画の核心に関わるより重要な演出でもあったはずだ。細部を確認する術がないため、おぼえている限りのことを誤謬や思い込みを覚悟で書いておく。

まず、教室のショットにダビングされた声だが、先の演出されたナレーションとは対照的に、S氏が彼自身の口調で喋っているかに聞こえていただろう。しかしそこでのS氏は、最初穏やかな調子で自らの経歴を語り出していたが、後半、あなたが山田二等兵なのかという最首の問いかけに対して、自分が山田二等兵なのかはよくわからないという意の、なんとも覚束ない答えを返していたのではなかったか。

さらに岩佐は列挙していないが、飲み屋のシーンの頭、最首に面詰されて頼りなげに自問する山田二等兵の声として、その場にいるはずのないS氏の声がアテられていなかったか。

やがて最首がしつこく酒を勧める相手の正体が和田だとわかるのだが、S氏(の声)がいつしか和田にすりかわっているという巧妙な演出がなされていたように思う。

これらの記憶が正しいとすれば、次のことが推察できる。最首によってアイデンティティを問い詰められ、答えに窮する山田二等兵の声として、S氏の声を紛れ込ませようと岩佐らが思いついたこと。撮影の事前あるいは事後に、その筋書きに基づいてS氏と最首のやりとりが収録されたこと。そしてS氏が演出側の指示に従って、あたかも和田と二人一役のように、「叛軍」兵士・山田二等兵を「疑問も示さず」演じていたことである。

真正面を向いた和田の顔に重ねられた『男Aに扮することをやめる…』というS氏の声は、この限りにおいて意味を持つ。


残る冒頭の語りについて岩佐は、あくまで「真実は闇の中」と留保しつつ、S氏が「自分でやった叛軍行為を事実として話してくれた」7ものと明かしている。

たしかに山田二等兵による「叛軍」の物語にあって、その朝鮮人の少年が心の底から天皇陛下万歳と叫んだと思うかと取り調べの法務官を唐突に罵倒する挿話はどこか異質であり、また、それをひたすら読み上げるように聞かせる口調にも、演技的な装いを認めることはできない。そこでは何かが過剰であると同時に、何かが決定的に欠けており、無防備であるがゆえに、その奥底にある真意を容易には掴み難い。若い岩佐が「二度三度と」聞き、思わず「ドキリ」とさせられた語りとは、まさにこのようなものだったはずだ。。

この語りの声音を、岩佐は端的に「狂ってしまった男」8のものであるとし、もしこの狂気を前提とすれば、講演で山田二等兵が話す物語全体が狂人の妄想になると述べている。

残酷ともいえる岩佐の秘めた企図を、傍らで「黙って見てい」たS氏がどこまで理解していたのか。「それもわかりません」。S氏は完成後の作品を見ており、また氏に興味を持っていた岩佐はその後も交際を続けたが、死ぬまでS氏がこの映画の感想を口にすることはなかったという。


S氏の声と、文字に遺された晩年の岩佐の声をたどってきた私は、こうして一つの沈黙に逢着する。それは無言の圧によって相手に緊張を強いるような特別な沈黙ではなく、「日常の中」に過ぎてゆく、ごく卑近な表情をした沈黙である。

そして私は、以降も制作が予定されていた「叛軍」シリーズが《叛軍 No.4》を最後に途絶した理由を考えている。必ずしもそれは、政治的な季節の終わりにばかり求められないだろう。


(第17回中之島映像劇場「回想の岩佐寿弥」配布資料。国立国際美術館刊『回想の岩佐寿弥』所収)



1 金子遊「インタビュー 日常の中に物語性を紡ぐ 岩佐寿弥」『ドキュメンタリー映画術』論創社、2017年、59頁、〔〕内引用者。

2 同上、62頁、〔〕内引用者。

3 同上、61頁。

4 同上、65頁。

5 同上。

6 同上。

7 同上。

8 同上。